第十鐘 ポエトリー・オートマティク・ブラフマニズム
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科学ですべてが可能になるからこそ、
科学を利用する者のモラルが必要なように、
我々を支配する原理に関しても、
正しい道から逸れぬように、
学び続けなければならない。
私の師であり、機械社会学者、神学博士の故武田林風林先生の言葉である。ある時代、「宗教」という言葉が忌避された。それは洗脳やテロをすぐに連想させる言葉だからだ。この時代が続いたからこそ、世界大戦は6度も、核爆弾は8発も、人類は経験することになった。
織田信長は一揆を頻繁に起こす比叡山派を焼き討ちした。我々は無知に従い声を上げ、蒙昧の結果として災いを経験するという、なんとも愚かで恥ずかしい思いをした。一人ひとりが無神論、無知に洗脳されたテロリストになり、その行いにより自ら粛清を引き起こしたのだ。
戦争前夜、共通していたことがる。それは人が「無知の知」という学習最高の原理を忘れるほど興奮し、創世ないし、宇宙の存在を忘れ「全能感」に陥るということだ。この無知蒙昧の徒がそれぞれ無知の力くらべをして、勝った方が、虐殺の権利を握る。
戦争はこの世からあらゆる物を消し去った。だからこそ心のよりどころが必要になってくる。神ないし、最高原理は存在する。科学の進歩はときにそれを惑わせるが、偉大で、不変の事実が存在する。神学の後退が引き起こす混沌は、世界平和の課題である。
武田林風林、武田林火山共著『電気電子仏教と科学時代における現代信仰』より抜粋
以下の句は、風林先生存命時の信仰従事者総帥級会議『京倭國』における句会、俳号・松風鈴の作である。
山猿と一人居残る雪の朝
一日は我に悔あり鰯雲
自販機も潮音を聞いて宮仕へ
寄らでこしつくひまもない竜宮城
岩室に一筋ながきハムエッグ
月光を見え初める日や今一夜
銃音もぼくの願いも鳥になる
一つだけけれど富士山日当たりぬ
写真・国際非核100万原則集会に出席し通路でインタビューを受ける武田林風林氏
略歴
敬虔な仏教徒であり、神学・機械社会学博士。「信仰従事者会議」と「信仰従事者組合」を発足し宗教の垣根を超えた活躍が世界で認めらる。神学に関する論文は100を超え、最も読まれた「反人類愛主義」は内容の過激さから信仰従事者総帥級が集まる特別会議『京倭國』に落藉となる。第六次世界大戦に従軍し「戦うお坊さん」として話題を呼んだ。民間人で結成された多国籍戦争調停協力会議中に襲撃され、以来消息不明。執筆中だった、原題「性欲に関する生臭坊主のススメ」は全文サンスクリット語で書かれていたが先日解読が成功。やはり内容が過激であった。
※すべてフィクションです